【コラム】言葉の伝達について考える(第1回)
今回の題材
2022年11月3日(木)、北朝鮮の弾道ミサイル発射を受け、以下のようなニュースが配信された。
【速報】「連日の弾道ミサイル発射は暴挙、許されない」岸田首相が北朝鮮を強く非難
11/3(木) 9:16配信 FNNプライムオンライン
岸田首相は3日、北朝鮮が相次ぎミサイルを発射したことについて「連日続く弾道ミサイルの発射は暴挙であり、決して許されるものではない」と述べた。
その上で「被害の有無の確認」「国民への適切な情報提供」「情報の分析」の指示を出したことを明らかにした。
(出典) Yahoo!Japanニュースより
「決して許されるものではない」という発言はよく使用されているが、そもそも、岸田首相は誰に対して、何を伝えたいと思って、この表現を用いているのかという観点で考えてみた。
最初にお断りしておくが、このコラムは、政治・外交に関する論評ではなく、「言葉の伝達」という観点で論じているので、誤解なきようにお願いしたい。
言葉の伝達
「許す」の意味
まず、「許す」の意味を調べたところ、以下のように掲載されていた。
ゆる・す【許す】 の解説
[動サ五(四)]《「緩 (ゆる) 」「緩 (ゆる) い」と同語源》
1 (「聴す」とも書く)不都合なことがないとして、そうすることを認める。希望や要求などを聞き入れる。「外出が―・される」「営業を―・す」2 (「赦す」とも書く)過失や失敗などを責めないでおく。とがめないことにする。「あやまちを―・す」
3 (「赦す」とも書く)義務や負担などを引き受けなくて済むようにする。免除する。「税を―・す」「兵役を―・す」
4 相手がしたいようにさせる。まかせる。「追加点を―・す」「わがままを―・す」「肌を―・す」
5 そうするだけの自由を認める。ある物事を可能にする。「楽観は―・されない」「時間が―・せば」「事情の―・すかぎり」
6 警戒や緊張状態などをゆるめる。うちとける。「気を―・す」「心を―・した友」
7 高い評価を与える。世間が認める。「自他ともに―・すその道の大家」
8 引き張ったものをゆるめる。
「猫の綱―・しつれば」〈源・若菜上〉
9 捕らえたものを逃がす。
「つととらへて、さらに―・し聞こえず」〈源・紅葉賀〉
[可能]ゆるせる
(出典)goo辞書「許す」より
これらの解説を見ると、主に「誰か」が「誰か/何か」を「許す」というところに主眼が置かれているが、一方で、「7 高い評価を与える。世間が認める。」のように、「誰か」ではなく、社会の認識として、高い評価を与える、世間が認めるという用法もあることがわかる。
したがって、「決して許されるものではない」については、社会通念上、許されることではない旨を強調している表現であると言える。さすがに首相の発言ということで、非常にこなれた言い方となっていると評価できるが、今回のテーマである「言葉の伝達」という観点からより細かく考えてみたい。
「暴挙」の意味
ニュースでは、「連日続く弾道ミサイルの発射は暴挙であり、決して許されるものではない」と書かれており、「決して許されるものではない」の前に、「暴挙であり」と言っているので、これについても確認しておきたい。同様に「暴挙」の意味を調べたところ、以下のように掲載されていた。
ぼう‐きょ【暴挙】 の解説
1 乱暴な振る舞い。不法な行動。無謀な企て。「暗殺という―に出る」2 暴動。
「熊本の―は頓に平定したれど」〈染崎延房・近世紀聞〉
(出典)goo辞書「暴挙」より
解説のとおり、「乱暴な振る舞い。不法な行動。無謀な企て。」ということを意味しており、特に、「不法な行動」は、法治社会においては容認されることがない行動であるので、「暴挙である」という言葉には、「法治社会ではありえない行動である」として相手を非難する意味合いが含まれている。
したがって、首相の「暴挙であり」には「乱暴な振る舞い。不法な行動。無謀な企て。」を行う相手を強く批判していることが伝わるメッセージである。これは、日本国内だけで強く批判していることが伝わるものではなく、外国語に翻訳されても「法治社会ではありえない」ことがストレートに伝わり、強く批判している意図は理解されるものと考えられる。
「決して許されるものではない」について
上述のとおり、「決して許されるものではない」については、社会通念上、許されることではない旨を強調しているものであるが、ここで、聞き手を➀国民、➁相手国、➂世界にわけて考えたい。
➀国民
国民全員が連日続く弾道ミサイルの発射に対してやめてほしいと思っているので、社会通念上の考えは共通している。したがって、「決して許されるものではない」については、社会通念上、許されることではない旨を強調している言葉なので、「首相も国民の皆さまと認識を共有していますよ。」という意図が十分に伝わるものと評価できる。
しかしながら、よく考えると、日本国内において国民全員が「決して許されるものではない」という社会通念上の考えを持っている中で、「首相も国民の皆さまと認識を共有していますよ。」ということを繰り返し伝えることには、どういう意図があるのだろうか?「首相も私たちと同じ考えで安心した」と感慨深く思う人は多くはいないと思われる。
したがって、上述の「暴挙である」という言葉は、世界中の誰に対しても「乱暴な振る舞い。不法な行動。無謀な企て。」を行う相手を強く批判していることが伝わるメッセージであると考えられるが、一方で、「決して許されるものではない」という社会通念上の考えを示す表現は、国民に対して「首相も国民の皆さまと認識を共有していますよ。」というメッセージが伝わるだけであり、政策的な意図は何も伝わらない。
➁相手国
相手国にはどのように伝わるのであろうか。社会通念上の言葉は、共通の社会通念を持っている人々でなければ通じない。つまり、社会通念が違う国の人々に同じような思いが伝わると考えるのは間違いである。
「乱暴な振る舞い。」に対する拒絶反応は人類共通であるので、「暴挙である」という言葉は「乱暴な振る舞いをやめなさい」というメッセージが伝達されるが、社会通念上の言葉はそうではない。
要するに、「決して許されるものではない」と社会通念上の言葉を通念の違う人たちに発しても、「いえいえ、私たちの考えが全くわかっていない・・・」とか反論されて、何も通じず、言葉の意図は伝達されない。
ただし、路上で興奮して乱暴を行っている暴漢に接したときに、刺激的な言葉を投げかけると逆上し、一層状況が悪化する場合などがあるので「興奮している暴漢に刺激的な言葉は禁物」である。そのように考えると「決して許されるものではない」についても、そうした配慮があるのかもしなない。
➂世界
最後に、世界に向けた言葉の伝達について考えたい。一部の国・地域を除けば、多くの国・地域では社会通念上で日本と大きな違いはないので、「決して許されるものではない」という社会通念上の言葉の意図するところは十分伝わると考えられる。
しかしながら、日本語では主語をあえて言わない表現が多いが、一方で、諸外国では一般的に主語のない文章はインパクトが弱いので、このように主語のない表現は、意図は伝わってもスルーされる傾向が強いと思われる。世界の人々から共感を得てもらうには、日本語のいわゆる、こなれた言い方では何も伝わらない。
④まとめ
上述の➀から➂までの考察でわかったことは、「決して許されるものではない」という表現では誰に対しても、大したことは何も伝わらないということである。
あえて辛口の意見を述べると、結局は、➁相手国で述べた「興奮している暴漢に刺激的な言葉は禁物である」といった要素に配慮しているのではないかという論点が最も的を得ているような結論となるが、その真意は発言したご本人に伺ってみないとわからないことなので、コラムでの考察はここまでとしたい。
最後に
今回の題材で使用した引用ニュースに対しては、以下のとおりコメントを出したので、ご参考まで。
神部龍章
「決して許されるものではない」については、社会通念上、許されることではない旨を強調しており、いわゆる、こなれた言い方となっているが、伝わり方はどうだろうか? ➀国民向け:国民は全員やめてほしいと思っているので社会通念は同じ。つまり、首相も国民の皆さまと認識を共有していますよという意図が伝わるが、政策的な意図は何も伝わらない。 ➁相手国向け:社会通念上の言葉なので、通念が違うと全く通じない。ただし、興奮している暴漢に刺激的な言葉は禁物なので、そうした配慮があるのかもしれない。 ➂世界向け:一部の国・地域を除けば、社会通念に大きな違いはないので、意図は伝わるが、一般的に主語のない文章はインパクトが弱いので、スルーされる傾向が強い。 結局は、➁の要素が強いような整理になるが、暴漢を教え諭すのはよいとしても、寛容すぎるのは許容と同じなので、相手に許容していると伝わらないようにすべきだ。
(出典)Yahoo!Japanニュース・コメント欄より
言葉は相手にきちんと発言者の意図することが伝達されて、発した言葉が可能な限り印象に残るように工夫する必要がありますよ~。
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